【神様の蜘蛛遊び】

ああ、僕はどうしたんだっけ。
あまり記憶がないんだけれど…。
そうだ、あいつは無事かな。
ぼんやりとした意識の中、この暗い空間に誰かが立っていたのはわかった。
それは白い帽子とワンピースを着た少女のようで、何処か自分たちと同じような気がして。

「やっと目が覚めたんだ。しちょーちゃんはずっと待ってたのにぃ。」

少女の声色でしゃべる「其れ」は僕らを見下ろしていた。
しゃがんで僕と同じ目線になると笑っていない笑顔を向ける。
不思議と恐ろしいくらいだ。

「君のお友達は向こうで伸びてる。全く、人間に封印されるなんて君たちも大したことないのね。」
「人間?」
「覚えてないの?それなら…」
「市長、止せ。わかっていないのであるなら理解させる必要は無いだろう。」

少女の背後から声がする。
黒いスーツを着た、頭に包帯を巻いた、見るも可笑しな恰好をしている男だ。
それは少女と違って、軽蔑の眼差しを向けている。
その表情に、僕は少し戸惑うのだった。

「初めまして。私は…そうですね、”族長”とでもお呼びください。こちらは市長です。」
「市長ちゃんでーす。」
「…うん?」

話がつかめていなかった。
まず、ココは何処だろう。
僕らはどうしたんだろう。
一体何があってここへ?
僕らは一体誰?

「暗闇にもそろそろ、目が慣れてくるでしょう。ここは世界と遮断された空間、とでも言いますか。地中の深く、永遠に夜の場所とでも。」
「永遠に夜の場所?」
「詳細は省きますが、あなたたちは”戦って負けた”とでも言いましょうか。世界から隔たれて封印をされてしまった存在です。
要するに、貴方たちは現在世界では存在しないのです。」
「そんな。それに、あいつは…?」
「あなたの”お友達”ですか。それなら、市長。」

市長と呼ばれた少女は「はぁい」と元気に返事をするとスカートの下から触手を出し、”あいつ”を連れてきてくれた。
まだ気絶しているのかぐったりとした様子だった。
体に傷は見受けられない、おそらくこの族長という男が言っていた「負けた」ことによりダメージを受けたのだろう。

「これで、ご安心ですか?」
「ええ、まあ…。」
「それは何より。話の続きをしても?」
「どうぞ。」

族長の話によると、この世界は先ほど言ったように地中の奥深く、永遠の夜の場所のような場所に封印されてしまったらしい。
そのショックで全ての記憶を失ってしまった、ということだった。
族長や市長は封印をされていないのでこの空間に来ることが出来るらしいのだが、僕たちは共に外に出ることが出来ないらしい。

「ですが脱出口はありますよ。あなたの能力で。貴方は『蜘蛛』なので外に出る術を作ることが出来ます。」
「蜘蛛、なの?僕?」
「困惑も仕方ないでしょう。いい場所があるんですよ。」

僕は族長についていく。市長はあいつを背負って連れてきてくれた。
よくよく見ていくと、その世界は日本の田舎町のようだった。
町には明かりがあり、微かに人の声すらするのだ。
ただし、族長は「ここには何もいない」という。それなら、あの明かりと声は。
族長が連れてきてくれた場所は駅だった。
寂れた無人駅で、誰もいない、まさに田舎駅だ。
微かにちりちりという音を立てて蛍光灯が鳴っている。
ただし、1つ違うのは電車という概念がないこと。
要するに、電車を引き寄せるための線路がないのだ。

「電車というものは、場所と場所をつなぐもの。あなたが繋いだ糸で線路を作って、外に出る術を探してみてはいかがでしょう?」
「な、なるほど…」
「さながら駅員といった風でしょうかね?いや、線路整備員?」
「車掌さんだと思うのね!」
「じゃあ今日からあなたの名前は車掌さんで。」
「えっ?」
「本名で呼び合うほど私たちは低俗ではないでしょう。今や人間たちもハンドルネームを付ける時期ですよ。私たちだって本名を名乗る必要は全くないのです。
それに、今は名前なんて必要はありません。ああ、念のために『書いて渡しておきますけれど』誰にも言ってはいけませんよ。
名乗るべきは「車掌」もしくは別の名前を使いなさい。」
「はぁ・・・」

次に向かったのは社だった。
綺麗な赤塗りの、日本でいう神社とでもいうべきだろうか。
中に入っていくと蝋燭が薄らと照らしていた。
神体はない、そうだろう、この世界で崇拝する神などいないのだから。
市長がゴロンと乱暴にあいつを投げると、さすがにその衝撃で起きたのだろう。
起きてからすぐぎゃあぎゃあと騒ぎ出すこいつは僕の友達。

「痛いなちびすけ!何しやがる!」
「市長ちゃんちびすけじゃないもん!このあんぽんたん!」
「喧嘩は他所でお願いしますね。そうですね、今までのことを説明するのは面倒だ。後で説明しておいてくださいね。後呼び名も。」

そういうか否か、族長は空間に手をやる。
何もなかった空間に扉が出来、その中に入って消えてしまった。
ふてくされた友人をなだめるように僕は今までの経緯を説明した。
そして、人に名前を知られぬように「別の名前」のことも。
友人はふんぞり返って聞いていたが、そのうち話に集中をしはじめた。

「要するに、まだ俺らじゃここから出れねぇっていうことか。」
「ごめん、僕がなんとかして出口を作るから。」
「気にするな、しかし名前な、うーん。この社って神様祭る奴だよな。「神」とかどうよ」
「変だと…思うけど。領主、なんてどうかな。この地域を治める神様みたいな。」
「お、いいねそれで行こう。」

こうして、僕たちの名前が決まって、僕は線路を作る作業、領主は町の探索をした。
その町は誰もいなかった。しかし、そこに確かに存在したであろう不思議な痕跡がある。
それは、夕飯は湯気を立てて残っているし、先ほど払ったであろうお金がそのまま綺麗に残っていたり。
本当に不思議な場所だ、と領主は言った。
僕はと言えば、駅をきれいにしたり線路を作ったりと駅に付きっきりだった。
駅の名前は「鬼駅」というらしい。何とも恐ろしい名前だ。と思った。
何て読むのだろう、「おにえき」だけでは安直な気がする。
最初の50年は、何もなく過ごした。

町にはほとんど何でもあった。
食べ物、飲み物、本、雑誌、テレビ、ビデオ、日用雑貨。
それらを使い切ることはせず、否、使い切れなかった。毎日誰かが補充をしているような気がする。
僕はそこで出会った「ココア」という飲み物に衝撃を受けた。
甘くてふんわりしてて、なんだかくすぐったい飲み物。
駅に常備させておこう、と10袋くらい駅に置いたし。

何年か住んでると、やはり不思議なこともある。
作ったばかりの線路に電車が止まってた時はびっくりした。
その子は、きさらぎ駅とか言ってたな、有名なのかな。
そうか、鬼駅ってきさらぎとも読むんだ。
今ここにいられたら困るから、帰ってもらったけど、外と時折つながることがあるらしい。
大体、10年に1度くらいの割合で…。

しばらく、100年くらいはそんな生活を送っていたと思う。

そしてつい先日、族長がこんなことを言ってきた。

「車掌さん。面白い所に行かないかい。」
「…え?面白い?」
「西京と呼ばれる場所があるらしい。私は興味ないがお前には面白い話かと思いまして。」
「はぁ・・・」
「そこにもきさらぎ駅があるみたいなんですよ。」
「ここ以外の…きさらぎ駅?」

族長の話はこうだ。
ココとは違う、西京という場所はこの田舎町のように世間から隔離されたような世界。地球の裏側のような存在らしい。
そこにある、きさらぎ駅の仕組みがわかれば、もしかしたらこの世界から逃げ出すことが出来るのかもしれない。

「そう思った理由は同じきさらぎ駅という名前と、まあ…憶測だけど。」
「曖昧なんですね…」
「世の中確信で出来てるものなんて1つもないさ。どうだい?休みがてら行ってみるのもアリだろう。
それに、駅員仕事経験者だから仕事には困らないし、領主以外との交流も可能だ。」

じゃあ行きます、と承諾しようと口を開いた瞬間。

「俺は反対だぞ。」
「領主、反論なら聞こうか。」
「俺が一人になるのは嫌だぜ、だってずっとこいつと一緒にいたんだから!」
「ふむ、子供の駄々か?」
「ちげーよ!とにかく許さねぇ!」

ぎゃあぎゃあと騒ぐ領主を、伯爵という男が羽交い絞めにする。
やめろ離せと暴れる彼を伯爵が抑えてるうちに、族長がポンと背中を押した。

「そ、そういえば行き方は」
「何、『きさらぎ行き駅に乗ればいいこと』だろう?」

END

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